アニー


トンネルを抜けると、そこは、またトンネルでして。


ちょうどApple Musicを一時解約した直後ですから、音楽はYouTubeで聴きながら新幹線に揺られていました。トンネルに次ぐトンネルで、バリ3、圏外、バリ3、圏外の往復にiPhone側も私も狼狽、イヤホンから流れるズーカラデルの「アニー」が、ジェラードンの「人見知り」コントの如く、「ハッドゥッシハッ」と心地の良いスタッカートを刻むハメになっていました。めちゃくちゃの良曲が訳分かランボルギーニになってました。ジェラードン知らん人はYouTubeに飛べ。損はしねえ。


そんなこんなで、二時間ちょっとの旅路の末、地元長野に帰ったわけです。2日前の話。


理由は、免許更新の為だったんですが(住民票移してません)、いかんせん周りの友人も親も私に運転させることを、「悪魔が取り付く」「天罰が下る」といった類の剣幕で拒絶するものですから、その禁忌を犯したことは終ぞなく、二年間、ゴリゴリのペーパードライバーを貫いてきました。結果、二時間の講習の間に行われた「安全運転自己診断」的なペーパーの問いに全て×印(「あなたは運転時○○しますか?」「運転しねえしな」みたいな愚問愚答の連続)、晴れて超優良(ペーパー)ドライバーであることが発覚することになりました。


んなこたぁ、どうでもよくて。


長野についた瞬間、気づいたのは、マジで静かってことでした。今しがた、横浜に帰ってきたのですが、新幹線を降りた瞬間に、パチンコ屋に入ったかと思うほどの雑音騒音。対して、長野は無音。ジョン・ケージが奏でる「4分33秒」の音色も、この街じゃ大層綺麗でしょう。


穏やかなんす。長野って。


都会ってきっと、皆さん夢を追って、キャリアを追って、時間に追われて、金に追われて、せっせと生き急ぐ毎日じゃないすか。相対的に。


田舎は違うんでしょう。穏やか。限りなく、果てしなく、穏やか。

故に、時間の流れが全く違うんです。


相対性理論だかなんだかによれば、宇宙で数年間の時間の流れを経験し、地球に戻ってきた場合、地上での時間の流れがそれ以上に進んでいるため、結果として未来にタイムスリップしたことになる、みたいな話を小耳に挟んだことがあります。別の例えならば、浦島太郎に登場する竜宮城。長野って恐らく、その逆。地上の竜宮城の逆、長野。やっべ、いいキャッチコピーじゃん。るるぶ長野版の表紙とかに使われねえかな。は?


例えば、エスカレーターの流れ。異様なまでにゆっくり。体感ですけど、二階から一階に下るまでの間、かれこれ五分くらいかかってたんじゃないかな。体感ですけど。


例えば、スターバックス長野駅前、比較的栄えている地域にはもう既に店舗があったのだけど、そこから車で50分ほど離れた隣町、正真正銘の我が地元市内には、この前、スターバックス一号店がオープンしたらしい。恐らく時の流れがゆっくりすぎて、十年前にこちらへ向かって歩を進めたスターバックス氏は、ようやっと、先日、到着したのだろう。


で。

そこに住み続けている人の話。


私たちが、関東で、棺桶に全力疾走している一方、彼/彼女らは、穏やかに流れる時間の中で、いくつものマイルストーンを刻んでいるようでした。


「結川さん(仮名)が結婚するんだって」


母から何気なく聞かされたのは、保育園からの同級生、結川の結婚でした。


結川とは、まだ物心のつかない頃から、小中高と全く同じ道を共に歩んだ、言わば幼馴染です。


彼女は、中学生の時、私が、意中の相手に想いを告げられずウジウジしていると、「なに弱気になってるの。アタシもいっしょに告白したげる。それなら、勇気でるでしょう?」と背中を押してくれ、その二日後には結川とその彼が恋人同士になっていた、という経歴を持つ友人です。高校生の時には、学年中の生徒の鞄からPSPが紛失するという事件の主犯としてお縄になるという友人です。そんなサイコパスが晴れて結婚。めでたいです。


こちとら、結婚もおろか、恋人もおらんし、まだ働き方も分からず右往左往している人生を送っている訳ですが、そんなステップを既に突破して、遥か先に進んでるようでした。


帰省初日の夜。高校の同期二人とお酒を交えました。


話題はもっぱら、下世話なジョークと、結婚や恋人の話。

今、交際している人がどうだとか、何度かデートを重ねている人がいるだとか、結婚を考えているとか、考えたいだとか。

アタシにとっては、人生の遥か先の話題。関東軸の世界線にとっては、仕事の成功の向こう側にある話題(勿論、一概には言えないけどね)。

ウンウン、頷きながら、分かるー、って応えながら、随分昔に大人になってしまった同期をただ見上げるばかりの青臭いガキ。そんな胸中締め付けられるような事実に報いたくて、追いつかん、と、無茶して日本酒など注文してヘベレケになる始末。


だからなんだ、って話ではあるんだけど。


うん。


これは、多分どこかで、彼/彼女らに、恥じない生き方をせねばならぬと生き急いでいるアタシに欠陥があるという話に落ち着く。




さっきまで、都会/田舎の二項対立を無理やり展開させ、常に不安定ないくつかの理想像を行ったり来たりしながら、その一つに的を絞ってきよきよしく生きる人たちに嫉妬しているだけ、哀れな戯言であることは、明白。ここまで言葉で固定すると、嫌でも気づいてしまうもんですな。


あーあ。


帰りの新幹線。圏外、バリ3、圏外の往復を繰り返し、景色には身長の高い建物が整然と立ち並ぶ街に帰りながら、また、ズーカラデルの「アニー」を聴いていました。都会に近づくにつれて、ジェラードン調のスタッカートが、カントリー調に戻っていく。ねえ、素晴らしくないけど、全然美しくないけど、ユーアンドアイ、泥だらけの僕らの日々を歌え、何度も。


小綺麗に整頓された銀色の街で、アタシは、小綺麗に生きようとしている。その実、汗だくで泥まみれで、棺桶に向かって全力疾走だってことには、目を瞑ったまま。


もう涙も出ないほど、ずっと鳴り止まない音、取るに足らない日々の中で、出会ったものを歌え、何度も。


てなことで。

また、うるせえ街との生活が始まるけど、言い訳塗れの生活が始まるけど、更新されたのはきっとブルー免許だけだけど。

でも、次に彼女らに会った時は、肩並べて笑えるといいな、とか。

また様々を先送りにするけど。


https://youtu.be/zSPEdE651y0